「頼む!落ちてくれ!」
去年の夏、私はある会社の面接を受けていた。
ここ数年、細々とフリーランスをしていたが、40歳を目の前にして焦り出した。大した収入はないし、なんだかこのままじゃダメな気がする・・・!
(会社員に戻って、安定した収入を得た方がいいのでは?)
(会社員になるなら、30代最後の今年しかないのでは?)
気が付いたら、ある会社に履歴書を送付していた。
選考が進めば進むほど、私の気はどんどん重くなっていった。決められた時間に、決められた場所で、みんなと机を並べて働く・・・。想像すると、息が詰まった。
会社員を辞めてから、私はあまりにも自由に生きすぎてしまったようだ。
「あぁ~!!やっぱり無理!!!」
選考を辞退した。
そして、精神を安定させるかのように、急いで飛行機と宿を予約し、タイのコサムイ島へと飛び立ったのだった。
コサムイ島に来たのは、これで3回目。勝手知ったる場所だったから来たのだけれど、3年ぶりの海外旅行とあって、一体何をすればいいのかがよくわからない。
ホテルは市街地から遠く離れており、近くにあるのは海だけ。コンビニへ行くにも、歩いて30分くらいかかる。
仕方がないので、プールサイドで本を読んだりぼんやりしたりすることにしたが、小さなプールサイドは、すぐに西洋人で埋め尽くされてしまう。
「ちょっと近所を拝借するか」
私が泊まっている3つ星ホテルの隣の隣に5つ星ホテルがあるので、海辺からそこのプールサイドに侵入することにした。私はさもここに泊まっているかのような顔をして、人様の大きなプールで泳いだり、パラソルの下で昼寝したりした。
プールサイドでぼんやりするのにも飽きてしまったので、バイクを借りて遠出することに。
貸し出されたのは2人乗り用の大きなバイクだった。原付を運転したのは、10年以上も前だし、そもそもこんなものは運転したことがない。重すぎて、バイクが道に倒れると1人で起こせそうにない・・・。
怖くてちんたら走る私を、タイ人たちはビュンビュン追い抜いていく。炎天下で暑く、目にはゴミやら虫やらが入るというのに、なんとたくましいのだろう。この時ほど、バイクにまたがるタイ人をかっこいいと思ったことはなかった。
そうこうしているうちに、あっという間に5日間が過ぎ、ついにタイ滞在も最終日に。
タイで過ごした日々を振り返り、1つの結論に達した。
「今の自分でいいんじゃないか?」
こうして、ひとりでふらっと海外に出て、なんだかんだ楽しめる特性が失われない限り、私は私でいられる。無理に会社員に戻って、社会が求める何者かにならなくてもいいのではないか。
南国のゆるい空気が漂うタイが、私にそう教えてくれているような気がした。