バックパッカーのバイブル「深夜特急」を読んで、無性にアジアへ行きたくなった私は、友人と人生初のタイ・ベトナム旅行を企てた。
タイでは、アユタヤの遺跡を見学して象に乗り、ベトナムでは、美食を堪能し市場でぼったくられた。楽しいのは楽しいのだが、どこか物足りないのは気のせいか。
ベトナム滞在の最終日に、2時間だけ、別行動をすることになった。友人は土産を買い足しに行き、私はホテルの周りをブラブラと歩く。
気がつくと、結構、遠くまで来てしまったようだ。完全に方向感覚を失い、ホテルに戻る道も住所も分からない。
すると、近くにいたバイクタクシーのおじちゃんが、片言の英語で声をかけてきた。
「どこに行きたいんだ? ここに行先を書きなさい」
ここというのは、バイクのボディ。え? そんな所に書いてもいいの? しかも白いチョークで。少しためらいながらも、行先を書いた。
「SAIGON HOTEL」
「5ドルだ」
歩いて来られる距離で、それは高いだろう。私が首を横に振って歩き出すふりをすると、おじちゃんは慌てて、3ドルでいいと追いかけてきた。こういう現地人とのやり取りが面白かった。
ヘルメットもかぶらずに、知らないおじちゃんの汗で湿った背中にしがみつきながら、ホーチミンの街中をバイクで走り抜けるのは爽快! 日本の生活で日々感じていた窮屈さから、解放されるような気がした。
5分ほど走り、ホテルに無事到着。友人はまだ戻ってきていないようだ。併設されているカフェで、ベトナムコーヒーを飲むか。コンデンスミルクの入った甘いコーヒーをすすっていると、ウェイターのお兄さんが珍しく話しかけてきた。いつも、人を寄せ付けないクールな雰囲気を醸し出していたのに。
「日本のどこに住んでいるの? 何歳? 俺、日本製のバイク持ってるよ」
現地人とのささやかな交流が楽しい。自分がベトナムに受け入れてもらえたような気がして、嬉しかった。
1人で行動した途端、急に旅が生き生きしたものに変わった。
当初、この旅行が物足りなかったのは、現地人と関わる機会が少なすぎて、この国にどっぷりと浸れなかったからではないかと思う。私と友人は常に一緒にいて、日本語で話し、異国で小さな日本社会を形成していたようなものだった。典型的な観光地ばかりを訪ねたことも、自分の性に合わなかったのかもしれない。
この旅以来、私は、ほとんどひとり旅しかしなくなった。ベトナムでホテルの周りをブラブラ歩いた時のように、自由気ままに面白そうなものを探すスタイルで。
私のひとり旅の基礎を作ってくれたベトナムが、そろそろ恋しい。