店に入ると、狭い店内は人でいっぱいだった。
おじいさんが沖縄三味線を弾き語っていて、お客さんたちは手拍子でノリノリだ。今日は貸し切りなのだろうか。席がないと言って店を出ようとする私たちを見て、弾き語りのおじいさんが言った。
「そこ、空いてるよ!」
しかし、「そこ」と指さされた4人掛けテーブルには、おばさんがすでに座っている。おかしいな。「そこ」とはどこなのか。
私がキョロキョロしていると、三味線のおじいさんがもう一度「そこだよ、そこ」と、おばさんが座っているテーブルを当然のように勧めた。どうやらこの店では、相席は普通のことのようだ。
戸惑いながらも、私たちは、そのおばさんの前に腰かけた。50代くらいだろうか。テーブルにいろんな薬が入った袋が置かれていた。
「私、今日でここ、2回目なんですよ」
と、おばさんはニコニコしながら話してくれた。最近、この辺に引っ越してきたのだそう。
しばらくすると、他のテーブルが空いた。おばさんを1人にしてしまうことに少し後ろめたさを感じながらも、席を移った。1人でごはんを食べることの寂しさを知っているから。
ミミガー、沖縄もずくの天ぷら、パパイヤのしりしり。壁にぶら下がっている美味しそうな単品メニューは、どれもこれも品切れ。仕方がないので、唯一残っていた島らっきょをつまみに、オリオンビールを飲みながら、麩チャンプルーとゴーヤチャンプルー定食が来るのを待つ。
キッチンは混乱を極めていて、料理が全く出てこない。けれど、不思議と、その待ち時間さえも楽しく感じる。お客さんだと思っていたいろんな人が、代わる代わる自分の三味線を演奏し、歌を歌っていくのだ。島唄、涙そうそう、auのCMで流れていた曲・・・。
「イーヤーサッサッ!」
私たちを含め、その場にいた全員が、一緒に歌ったり手拍子をしたりして、店内は一体感に包まれた。しまいには、おばあさんが狭い店の真ん中で踊り出して、料理を運ぶ店員さんは一苦労・・・。
そんな和やかな雰囲気とは打って変わって、キッチンは戦場と化しているようだった。料理をしているのは、主に沖縄出身の親父さん1人。奥さんと娘さんは、ドリンクや配膳担当のようだ。
誰に何を出したのか、訳が分からなくなったようで、奥さんが私たちのテーブルに突然「これ、サービス」といって、作り間違えたと思われるソーキそばを置いて行った(笑)。
注文してから、1時間以上が経っただろうか。ようやく私たちが注文した定食が運ばれてきた。麩チャンプルは素朴な味わいで、卵のようにフワフワとした麩がとても気に入った。
ガツガツと一気に定食を平らげた後も、沖縄民謡ライブはまだ続いている。もっといたいようなもう帰りたいような。しかし、私たちは店を後にすることにした。
店を出る前に、一番始めに相席をさせてもらったテーブルのおばさんに挨拶をすると、ビールで顔を真っ赤にしながら、笑顔で会釈をしてくれた。おばさんの正面には、赤ちゃんを抱いたお兄さんが相席をしていて、ホッとした。
「また来てね!」と、お店の人や常連さんに見送られて、外で見慣れた街の風景を見て思った。
「あの時間は一体何だったんだろう・・・」
まるで沖縄から帰ってきてしまったかのような、軽い喪失感を覚えたのだった。