(え?なぜ私の前に?)
夕食をとろうと、こぢんまりとした安食堂で、チキンカレーを待っている時のことだった。
店内には十分な空席があるというのに、その小柄な老人は私の真正面に腰かけ、何の断りもなく相席をしてきたのだ。
少し戸惑ったものの、インドでは普通のことなのかもしれないと思い直し、特に気にしないことにした。
老人はチベット人に似た顔立ちの坊主頭だった。あずき色のセーターに、薄地のズボンを履いている。セーターの色が、ここダラムサラでよく見かけるチベット仏教僧の袈裟の色と同じだった。
ほどなくして、私たちの料理が運ばれてきた。すると、目の前の老人は目を閉じて合掌し、何かを唱え出したではないか。私は日本人以外にも、食事の前に手を合わせる民族がいたことを初めて知り、驚いてしまった。
私たちは言葉を交わすことなく、黙々とカレーを口に運んだ。注文したジンジャーハニーレモンティーを飲むと、あまりにも味が薄すぎて、私の眉間にしわが寄った。
「どこの出身ですか」
老人が、唐突に声を掛けてきた。
「日本です」
老人は私をチベット人だと思っていたらしい。ダラムサラにはたくさんのチベット人が住んでいて、確かに顔立ちが日本人というか東アジア人に似ている。おかげで私は度々、チベット語で話しかけられたのだった。
話を聴いているうちに、この老人は北インド・ラダック出身のチベット仏教僧だということがわかった。今回は、ダラムサラのチベット仏教寺院を訪れに来たのだという。昔、ラダックで約200人の子どもが通う学校を設立したり、アメリカやヨーロッパ、台湾、シンガポールなどで説法を行ったりしたらしい。とりわけ、お金をたくさん持っていても幸せではない西洋人が、熱心に説法を聴いたのだそうな。
「自分の幸せが何なのかわからないから、お金や物を手に入れて、幸せになろうとする人が多いように思います」
と私が言うと、老人はこう答えた。
「お金をたくさん持っていても、幸せじゃない人はたくさんいます。いいですか。幸せはどう満足するかです」
幸せはどう満足するか―—。何を手に入れるかではなくて?
私は耳が痛かった。
もっと自分が活躍できる仕事に就いて、たくさん稼げれば幸せになれるはず。もっとおしゃれをして、若かったときのように小ぎれいにすれば、幸せになれるはず。雰囲気のいいレストランで楽しく酒を飲みながら語り合える友人がもっといれば、幸せなはず……。
私はいつも、自分に足らないものばかりを追い求めていることに気が付いた。自由が手に入れば忙しさが恋しくなり、忙しくなれば自由が欲しくなった。すでに自分が手にしているものに感謝しようとしないから、ずっと満たされない。
しかも私は、昔、ブータンやインドはラダック、ダージリン、シッキムといったチベット仏教圏を旅していて、この老人が言っているのと同じようなことをずっと聞いてきたはずだった。
「幸せは捉え方です。もしこうだったら良いのにというような考え方をしている限り、永遠に幸せにはなれません」
「幸せは自分で作るものです。どこかに用意されているわけではありません」
「お金は生活するための手段であり、人生の目的ではありません」
全部忘れてしまっていたとは……。
その後、この老人とは、ウクライナやイスラエルでの戦争や慈悲に欠けた現代社会などについて、いくらか話をした。
別れ際に老人に、貴重な話をしてくださったことへの礼を述べた。海外で説法をするような立場にある僧侶が、訳のわからない一介の日本人にありがたいお話をしてくれたのだ。
「ただ、シェアしたかっただけですよ」
と微笑んで、老人は店を出て行った。
それにしても、なぜ彼はわざわざ私の前に座り、幸せに関するレクチャーをしてくれたのだろうか。店内にはもうひとり女性客がいたのだが。もしかしてあの老人には、私の欲にまみれた心がお見通しだったのだろうか。
いずれにせよ、ダラムサラという街は不思議なところだと思った。こうして安食堂でチベット仏教僧と食事をともにし、突然、幸せに関する講義が始まるのだから。